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2023/08/27
【対談】風鯨社・鈴木美咲 × 知名オーディオ・知名亜美子
風鯨社公式サイト:https://fugeisha.com/
対談場所:「南十字」 神奈川県小田原市南町2丁目1-58
https://minamijujibooks.com/
今回のVOICEは、作家・駒沢敏器さんの小説「ボイジャーに伝えて」を2022年7月に刊行したひとり出版社・風鯨社(ふうげいしゃ)の鈴木美咲(すずき・みさき)さんとの対談です。
「ボイジャーに伝えて」は沖縄を舞台に“音”をテーマとした作品で、知名オーディオをモデルにしたシーンが登場します。知名オーディオは、主人公と沖縄を結ぶ重要なアイテムとして描かれています。
この対談では、「ボイジャーに伝えて」のこと、駒沢さんのことを自由に語り合います。
やっとお会いできました! 東京で知名オーディオの試聴会を開催していたときに、ある会社員の方が仕事の合間にいらして「『ボイジャーに伝えて』を読んだんですけど…」と。
その小説の中に知名オーディオが出てくるというので、すぐに出版社を調べて、鈴木さんに問い合わせをさせていただきました(笑)。
最初、私から連絡が来たときのことを教えてください。
ちょうど「ボイジャーに伝えて」を書籍化しているときに、フィールドレコーディング(※)が好きな友人に現場に連れて行ってもらったんです。そのときに「沖縄にこういうスピーカーあるんだよ」「へーっ」と聞き流していたんですけど(すみません…)。
今回、亜美子さんからご連絡をいただいて、知名オーディオさんのブランドサイトを拝見し、「ボイジャーに伝えて」という小説の中で、重要な役割を担うスピーカーのことだと分かりました。駒沢(敏器)さんの創作ではなく、実際に存在するスピーカーだったんですね。
私も「ボイジャーに伝えて」が出版されていたから鈴木さんにご連絡ができたんですが、この本は出版社を立ち上げてから2冊目の書籍とうかがいました。おひとりで出版社をされていますが、鈴木さんはそもそも出版とは違う業界にいらしたんですよね?
私は元々グラフィックデザインの仕事をしていて、デザイン会社で働いていました。その後、地元の小田原に戻って独立しました。クライアントから発注いただく仕事が多かったので、そろそろ自分発信につながる仕事がしたいと考えていたときに、「出版社はそんなに元手がかからずできる」という記事を読んだんです。本はもともと好きだったので、自分がつくりたい本をつくって、売ってみたくなって出版社をやろうと決めました。当時、本づくりの難しさ、コスト、流通の複雑な仕組みなどを知っていたら、やっていなかったかもしれません(笑)。
社名を「風鯨社(ふうげいしゃ)」とされた意味を教えてください。
社名である風鯨社の由来ですが、人間よりもはるか昔から生きている「鯨(クジラ)」は、海の中で仲間同士歌を交わしながら地球を良くしている。これって世の中の物事の根っこのところにある真理では…と考えたんです。そんなことを伝える書籍を作っていきたいという思いを重ねて「風鯨社」と名付けました。
「ボイジャーに伝えて」を出版することになったきっかけは何だったんですか?
「ボイジャーに伝えて」は、2005〜2007年に小学館の文芸誌「きらら」に連載されていた小説で、当時大好きだったんですが、著者の駒沢さんが亡くなられたことにより出版されないままお蔵入りになっていたんです。会社のブログに駒沢さんと「ボイジャーに伝えて」のことを書いたら、駒沢さんの高校時代からの友人である平田(公一)さん(※)から連絡をいただいたんです。それからはあっという間に駒沢さんの担当編集者だった稲垣伸寿さん(※)とつながり、出版に向けて一気に動き出しました。
出版未経験ながら、さまざまな出会いがあり、人と人がつながっていくことによって本の出版まで本当にやり遂げてしまうというのがすごいですよね。
ありがとうございます。駒沢さんの作品を20代の頃によく読んでいて、同じ世界を見ているのに、駒沢さんの目を通すと全く違う感じになる。「ボイジャーに伝えて」もそういう印象でした。取材を通して心の奥深いところで理解し、自分の言葉で表現されている。
駒沢さんが見ている世界は、突き詰めていくと精神的な世界に入っていく感じで、駒沢さんは当時、スピリチュアルに関するような取材もされているんですよね。街で出会った人の言葉から、目に見えるものも精神的なものも全てつながっているということを、絶妙に表現しているんです。それが唯一無二の存在感を醸し出している要因だと思います。
「ボイジャーに伝えて」は風鯨社の「物事の根っこのところにある真理を伝える」というコンセプトにもつながり、「私が出版しなければ」という使命感のような気持ちで、世に出すことを決めました。
亜美子さんはこの「ボイジャーに伝えて」を読まれて、どんな感想でしたか?
言葉で音を表現しようとすると、どうしても同じような書き方になってしまいがちで、違いを出しづらいんです。だけど駒沢さんの作品を読んで、「こんなに豊かな音の表現ができるんだ」と、ただただ驚きでした。描写されている内容はまさに「知名オーディオ」そのままですし、製品づくりで私たちが伝えたいと思っていることもきちんと引き出してくれています。
<小説より引用>
クリアだけれど温かみのある音が店内に流れ、リズムと共にシンバルが華やかに輝いた。この音はどう? と私(恭子)は少し自慢をしたい気持ちになって、横目で公平を見た。
彼は小瓶を手にしたまま呆然と立ち尽くし、そして目を閉じて音に集中した。音の世界に体ごと自分を参加させている公平を、私はずっと見つめた。彼のなかで、この音はどんな反応を起こしているのだろうか。
やがて彼はゆっくりと目を開け、どこか眠そうに蕩(とろ)けた目で、音の出ている2本の黒いパイプを改めて確認していた。(中略)
「これは凄いよ」
公平は私の左肩を掴んだ。それ以上に力をこめられると、痛く感じる強さだった。
「まったく無駄がないというか、こういう音を出したいっていう製作者の理念みたいなものが、何ひとつ欠けることなく完結している。ここには完全にひとつの世界があるよ」
<小説より引用>
「昔と変わらない環境のなかで耳を澄まして、自分の古層にあるものと風景をつなげたい。その接点のようなものを、このスピーカーは実現してくれるような気がします」
そうなんですよね。音がいいとか、音がどのように聴こえるかではなく。駒沢さんは音を聴いたときに、その人の内側でどんなことが起こるのか…その変化を描いているんですよね。音って表面的なものでもなく、やっぱり心の内側にもぐっていくものだと思います。
知名オーディオも「生命力あふれる音を伝え、心と体で感じてもらいたい」と、音を追求して作っています。また、小説に出てくる風景も比嘉常吉も、創業者の知名宏師の人物像そのまんまです! 当時の写真も持ってきたので、答え合わせ的にぜひ、ご覧ください。
<小説より引用>
比嘉の店には、誰もいなかった。いや、店という感じではまったくなく、ショウルームですらなかった。自作したと思われるアンプやスピーカーが所狭しと並べられ、そこは工作室の延長のようにも思えた。店の中央には鉄製のらせん階段があり、公平は途中までのぼって上階へ目をやってみた。かすかに物音がしたので、彼は声をかけた。
「はい〜、誰ですかあ」という声が戻ってきた。公平は自分の名を名乗った。
するとしばらくしてから、「はいはいはいはい」という声と共に、仙人のような男が鉄の階段を駆け下りてきた。上下とも藍染めの作務衣で、白髪の交じった髪は肩まで伸びていた。目はぐりぐりと大きく光っており、蔦のように盛大に生えた髭のなかで、丈夫そうな歯が真っ白に見えた。
<小説より引用>
音がいいというよりも、本人がそこにいて歌っているようだった。高出力で再現されているのではなく、生の肌触りがそこにはあった。彼女の声が空気を震わせ、それがじかに私を包んだ。黒人女性の震える喉と、その震えから伝わる魂と艶かしさ。迫力とか迫真という言葉をオーディオのメーカーは使いたがるけれど、その言葉がいまは陳腐なものに思えた。大切なのは迫力ではなく、どんな小さな震えでも、歌手や演奏家の内部に宿る魂を逃さずに伝えることなのだと思った。
<小説より引用>
「これはアンプなんですよ」と言った。石鹸箱ほどの大きさしかなかった。
続けて上田さん(三軒茶屋のバーのオーナー)は私の後方を指差し、このアンプとセットになっているスピーカーはあれです、と言った。直径10センチくらいの黒いパイプが2本、高さは1メートルほどだった。どこからどう見ても単なる筒で、そこから音が出るようには見えない。
「沖縄にある個人メーカーのものなんです」と上田さんは説明してくれた。
「仙人みたいな人が店をやっていて、ある日直感が閃いて試作してみたそうです。そうしたらとんでもない音が出た。大きければいいというものでもないんですね。」
(知名宏師の写真を見て)すごい! 比嘉常吉は実在していたんですね(笑)。
この写真の頃は床屋さんに行くようになっていたので幾分さっぱりしていますが、駒沢さんが訪れていた頃は髪も(仙人のように)伸びていたと思います(笑)
まさか“比嘉常吉さん”が実在するとは思っていませんでした(笑)。本当に作務衣を着ていらっしゃいますね。
駒沢さんが沖縄に行かれた頃は、まだ那覇にお店がありました。1階が店舗で、中に階段があって、小説の中では“鉄製のらせん階段”となっていますが鉄の階段で、2階に上がったところに作業場があって、この写真のようにスピーカーを作っていました。そこの描写もそのまんま。椅子や床の上にはスペースがないくらい物がいっぱいでショウルームというより研究室みたいでした。宏師の向かいに駒沢さんが座ってお話をしていたんだと思います。
宏師は飛行機づくりが趣味で、自分で設計して毎週日曜日に近所で飛ばしていました。「飛行機の原理がスピーカーづくりにも通じる」と言って、一時はほとんど仕事をしないで飛行機を作っていたくらい熱中していました。もしかしたら飛行機を飛ばすときも(駒沢さんも)付き合わされていたかもしれません(笑)。
お店を見た後に、答え合わせしながらもう1回(小説を)読んでみたい。本当にこの小説が、知名オーディオの1つの記録になっていますね。
際の店舗もスピーカーも描写そのままなので、知名オーディオの音を聴いた上で言葉で表現してくださっているんだと分かります。看板もなかったので、何屋さんか分かりづらいし、入りづらかったと思います(笑)。駒沢さんは、よくぞこのお店に入ってくださいました。
むしろ駒沢さんは、そういうところだから入ったのかも(笑)。
ちなみに、選ぶのは難しいと思いますが、鈴木さんにとって一番好きなシーンはどこですか?
小説127ページの、主人公がフィールドでの録音のために茨城・水戸を訪れた際、農家のおじさんに自分が録った音を聴かせたところ。そのおじさんが何気なく発した言葉が好きですね。
<小説より引用>
「山の神さまが風になって降りてきて、稲穂のなかで遊んでいるような音だわ。いやあ、これはびっくりした。私は毎日、こんな音のなかで働いていたのか」
音に向き合う主人公ではなく見知らぬおじさんに言わせるというのがニクいですよね(笑)。後半(小説311ページ)の、沖縄で、サバニで海に出るときに、陸とつながりのあるものを持っていくという考え方も当時すごく新鮮に感じました。
<小説より引用>
「月があまりにも美しい夜は、漁をしに海へ出てはいけない、というんだ。出るなら出るで、陸(おか)とつながりのあるものを持っていかなければならない」
これまで「きれいなものはきれい」という感覚しかなかったけど、このシーンでは「きれいが恐ろしさとつながり、その先は死につながっている」と驚きがありました。
小説の中でアメリカのミシシッピに行った話が出てくるんですが、「ミシシッピは俺と行ったんだ」という方が私を訪ねて来たり、小説内に登場する「バイユーゲイト」も実際にあるお店だったりと、ノンフィクションをつなぎ合わせてフィクションにしたみたいなストーリーなんですよね。そんなときに亜美子さんからご連絡をいただいて、「スピーカーも!」って(笑)。平田さんが「駒沢さんから『スピーカーを買おうと思っている』と、知名オーディオのことを聞いたことがある」とおっしゃっていました。
駒沢さんは当時、スピーカーを買われたんでしょうか。また「バイユーゲイト」にも知名オーディオがあると、面白いですね。
その「バイユーゲイト」の上田(有)さん(※)と仲がいいという方がいらして。テレビ局のプロデューサーでいらしたのですが、引退して「南十字」のすぐそばに引っ越して、沖縄に2人の娘さんがいらして、よく行っているんですって。「ボイジャーに伝えて」を刊行したときに、「駒沢くんに本をもらったことがあるよ」とお話いただいて、縁だなと感じました。
また箱根でブックカフェをやられている校閲の方とも面白い話があって。そこでは古書も扱っているのですが、「ボイジャーに伝えて」を書籍化したいと伝えたとき、ちょうど当時連載されていた文芸誌「きらら」(小学館)の連載開始号(2005年7月)と終了号(2007年6月)を買い取りした、と。「すごい、これは運命だね」って話していました(笑)。
さらにそのことを当時の担当編集でいらした稲垣さんにお伝えしたら、「『きらら』は部数も少ないし、書店で無料配布していたものだからすぐになくなってしまって、今でもなかなか手に入らない」と。「『ボイジャーに伝えて』の始まった号と終わった号を入荷できたのは奇跡ですね」と大変喜んでいただいて…。
そういう不思議なつながりがやたらと起こる本なんですよ。亜美子さんも直接つながると思っていなかったからびっくりしました!
私も駒沢さんに導かれるように鈴木さんにご連絡をしてしまいました(笑)。
あらためて、「ボイジャーに伝えて」を今の世の中に伝えていただき、ありがとうございます。
いつになるか分からないのですが、駒沢さんの本をまた出したいと思っています。1つは「語るに足る、ささやかな人生(※)」、もう1つは「地球を抱いて眠る(※)」という本です。この2冊の復刊が実現したら、私が一番好きな「街を離れて森のなかへ(※)」も復刊したい。
まだ書籍化されていない記事やエッセイもたくさんあるので、1冊の本にできたらいいなと思っています。発表された当時は精神世界寄りのマニアックな内容だったとしても、普遍的に現在にも通じるものがあり、今なら共感する人が多いのではと思っています。
ありがとうございました。
駒沢さんの担当編集者だった稲垣さんをはじめ、駒沢さんの旧友、フィールドレコーディングを実践する人など約20名が集まりました。
前半は「『ボイジャーに伝えて』の音の世界」と題して、小説「ボイジャーに伝えて」に登場するスピーカーの登場シーンや知名オーディオの紹介、実際に小説内に登場するスピーカーで、駒沢さんが録音に参加した「Sound Bum(※)」の音源や、小説内で主人公があこがれる実在したフィールドレコーディングのラジオ局「St.GIGA(セント・ギガ)(※)」の音源などを試聴しました。
さらに、後半は「音源持ち寄り試聴会」として、参加者の持ち寄った音や全国のお寺のお経音源、ヒマラヤの自然の音などを知名オーディオにて再生。ある人は目を閉じながら、また、ある人は過去を思い浮かべるように、思い思いのスタイルで音に聴き入っていました。
知名オーディオさんのスピーカーを聴くまで、「ボイジャーに伝えて」に出てくるスピーカーの音の表現をあくまでフィクションと捉えて、駒沢さんの表現力はすごいなと思っていたんですが、音を聴いたら本当にその表現そのままで驚きました!
音の違いなんて果たして私に分かるのかな…と心配していましたが、「音の本質を表現してしまう」と小説内で書かれていた言葉がまさにピッタリでした。
一番大きなスピーカーで屋久島の環境音を聴いたときには、音に呑まれてどこかへ連れて行かれそうな怖さすら感じて…公平が録音した音を聴いた上田さんが、「自然の音は安らぐとか、美しいだとか、そんなものを狙っているんじゃない。たぶん公平くんは、命の動く道みたいなのを音の風景のなかに見ているんだよ」(小説150ページ)といった感覚が分かるような気がしました。
「目をつぶって耳を澄ませていると、すっと回路が開くんです。(中略)目よりも耳のほうが、人間の古い層に直結している」(小説199ページ)
「昔と変わらない環境のなかで耳を澄まして、自分の古層にあるものと風景をつなげたい。その接点のようなものを、このスピーカーは実現してくれるような気がします」(小説200ページ)
と小説内に出てくるんですが、確かに普段使うことのない感覚を刺激されているような感じで、これが駒沢さんのいう『古層』なのかな、と思いながら聴いていました。
耳ではなく身体全体が音に包まれてしまったような感覚には、ちょっと言い方がおかしいかもしれないけれど、音も生きものなんだな…と思いました。音が生きたままスピーカーから出てきている、ちゃんと音が動いている、という感じです。
本当は耳だけで聴くだけのものではなく身体全部で感じているもの、という事実を改めて実感しました。
身体が音を感じているからか、大きな音なのに耳がうるさいと感じなかったのも不思議だったし、そういえば、かなり大きな音が出ているのに隣の人とも会話ができたのが不思議でした(これもちゃんと音の理由があるのでしょうね!)。
小さなスピーカーで聴いた女性ボーカルの曲は、大げさではなくすぐ目の前で彼女が歌っているような近さがあって、逆に今まで聴いていた音ってなんだったんだろう…と不思議に思いましたし、歌がまっすぐ自分の中に入ってきて、思わず涙が出そうになりました。
会場のみんなで(駒沢さんが好きだったイーグルス)の「ホテル・カリフォルニア」を聴いたとき、曲が終わったあと、本物のライブのようにその場の全員が拍手したのも印象的でした!
音の良し悪しはマニアにしか分からないものと思っていたんですが、素人の私にもここまで分かるものなんだと、スピーカー自体にも驚きましたし、人間の耳や身体感覚の繊細さにも驚きました。
知名オーディオさんのスピーカーで、今まで知らなかった音の世界を体感して、ここまで小説内の音の表現が事実だったことに驚いたし、改めて小説を読み直そうと思いました。